2011年4月30日土曜日

四月三十日 バクタブルにて















ここは異様な古代の町、ヒンズーの像と建物が私を圧倒する。








2011年4月29日金曜日

四月二十九日国境を越えて












中国からネパールへ国境の橋を渡る。


中国に入国以来インターネツトのブログは検閲され公開を停止させられていた。

チベット入域以来自由は常に制限されていた。いたるところで公安が武装しながら立っていた。

エベレスト中国側のベースキャンプはチベット人たちの土地にある。


そこで私は呼吸が苦しく、ジャンムに来たときは自由に呼吸がすることができ、自由に行為することの有難さをつくづく感じた。

今、中国の国境を越えネパールで私の日々是好日のブログを公開できるようになる。


なんと蘇州号以来29日ぶりに自由を手にした。


中国は個人が自由にものを見、自由に見たことを表現し、自由に反対意見が述べられることは残念ながら政府によって規制されている。



とても可能性のある中国人を知っているだけに残念だ。


経済がますます発展し、人々はさらなる欲望を持つとき、このままの規制社会は立ち行かなくなるのは明白なことと私は自信を持つて言える。



四月二十八日シェルパホテルの窓から


エベレストベースキャンプを出発、ランドクルザーで中国とネパールの国境の町へ行く。



















シェルパホテルはチベットとネパールの国境の町にある。

夕ご飯を食べていたら、マネーマネーと口ずさみながら若い女性が鞄をぶら下げて

わたしのところにくる。





1,500元を17,850ルピーに両替する。


彼女はネパール人かチベット人か区別がつかなかった。





四月二十七日エベレストはチベット人のテント経営


















エベレストBC5,200メートル









チヨゴランマとチベット人達がエベレストを呼ぶ。






ここベースキヤンプの地はチベット女性の商売の呼声があふれていた。












四月二十六日 いいホテルは気分がいい






スノーレストランの女将、ガイド達とは親しくここがとても居心地がよかった。



















神湖酒店三ツ星ホテル
インターネット接続のランケーブルあり。
バスタブあり。
それで220元。三ツ星ホテルというが私には五つ星ホテルだ。

シガッエで公安を探し回った。
これから行く、エベレストベースキャンプ。中根友好橋までの旅程パーミット取得のため。

途中岩の上の要塞寺を見た。





四月二十五日新地区は中国人地区、旧地区はチベット人地区。























拉薩で石鹸を探す。
チベットからネパール国境まで移動のための、中国政府の
認可手続を旅行代理店に引き受けてもらう。






四月二十四日拉薩のグルメ




チベット料理屋で食事しながらネパールへ行ってみたくなった。

四月二十三日酷毛牛牛酒店
















クールヤクホテルに連泊する。


ここからは大昭寺が近く八廓街も目と鼻の先。




四月二十二日クールヤクホテルの屋上に旅行代理店がある。

























高山病と入域許可書(パーミット)に苦しむ。














四月二十一日中国政府はチベットを手放さない覚悟














ラサ駅に到着、パーミットのないラサ滞在は公安を意識する。

四月二〇天空列車T265次














青蔵鉄道で拉薩へ



四月十九日甘粛省博物館






















両替をしようと商業銀行に入ったが、中国銀行だけらしい。

丁寧に、出口まで見送りに来てきてくれた。









蘭州観光




















四月十八日西安を30分遅れで蘭州行が発車


蘭州駅前風景、イスラム系の人もいた。あたまに帽子をかぶっているのでよくわかる。












西安から蘭州へ行く列者の食堂車。















蘭州に到着