2015年9月12日土曜日

観月会


大山ロイヤルホテル主催の観月会にゆく。




久しぶりにスーツを着た。




ロビーで受付を済ませ、知人と挨拶して高揚した気分でテーブルに着く。




クルーズにいるような錯覚。

知らない人と親しい時間を過ごす。



あいにく台風接近で月は見えなかったが、マウントビューの窓に
大山と弓ヶ浜が映る。




前菜が運ばれきれいに盛り付けされて。ソムリエにサービスされて

久しぶりの食事会を堪能する。



森の中の二人の食事とは違った時に喜びがあふれて来る。






9月に入り黒坂警察署で運転免許と車の保管場所の住所変更をした。
陸運支局に行き鳥取ナンバーを取り付ける。



ここではたっぷりと時間があるので


自分で手続きに出かけた。





 

2015年9月4日金曜日

Refugee(難民) refugium


 
このブタペスト東駅に到着する難民はトルコよりバルカン半島をたどり
内戦を逃れてシリア、イラク、アフガニスタンから、
 

 

ハンガリーに、毎日、三千人が到着している。

逃れる場所としてドイツを目指している。



ドイツのメルケル首相は難民を受け入れることに賛成でヨーロッパの国の連携がいることを強調する。しかし受け入れの態勢はそれどれ各国によって思惑が異なる。

受け入れに積極的なドイツですら事情は複雑で難民施設への放火やペギーダのような民族主義的反イスラムを掲げ受け入れを拒否する。




イギリスはシリアのような戦火の国に難民キャンプを設置する対策を増やすように提案している。それは欧州に難民を寄せ付けない政策の延長で生命の安全のためと称し地中海を渡る難民を海岸でくいとめる政索と同じで問題の根本的解決策にはなりえない。

戦火から逃れる難民は戦争が終結し家族が平和に暮らせることを求めているが、
現実に判断し平和が遠く、今の生命の安全を求めて避難する平和な場所を求めて逃れているのだから。

家族が安全で平和な暮らしの成就まで逃れ続けることが容易に理解できる。



旅の途中で憲兵にとどめられ祖国に送還されることは、難民にとって希望を失うことだ。
希望は平和な安らかな暮らしであるから戦火の国に誰が帰りたいと思うだろう。




抗日70周年で中国は軍事パレードを天安門広場で開催していたが、
平和と軍事パレードとは相いれない滑稽な矛盾に満ちたバフォーマンスだ。

軍事パレードを誇る国においても、日本憲法を誇る平和国家も、いずれの国家もひとたび戦火となれば安全な場所を失い。平和な憩いの場所を求めて多くの難民を生み出すことだろう。

アブラムは生まれ故郷、父の家を離れて、神/摂理が示す地に旅だった。
神はアブラハム難民に言われた。
わたしは難民を大いなる国民の祖父としよう。あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。祝福の基となりなさい。あなたを祝福する者をわたしは祝福し、 ...

ヨーロッパの人々も思い出していただきたい。
ゲルマンの民族移動のことを・ご自身の祖先・難民のことを。

今の大いなる祝福とされた基のことを。


平和を奪われ生命の安全を求めて避難先を求めてさまよう難民が
歴史のpoliteiaポリテイアの真実を啓き新しく創りだしてゆく。

"refugium"= re : 戻る fugere : 逃げる ium : のための場所


イエスは言われた。
わたしがひもじい時食事をくれた。
わたしがのどが渇いたとき飲ませてくれた。

主よいつ私がそのようなことをしましたか。
イエスは言われた
これらの弱り果てた人に(難民に)したことがわたしにしたのです。


悪から逃れ永遠のいのちのポリテイアの源に供に戻ろう。





 

2015年9月1日火曜日

聖霊の助けをなめられるな甘く見くびられるな


テモテ1 (4章12~16)

年が若いからといって、だれにも軽く見られないようにしなさい。




これはパウロが愛弟子テモテに語った言葉です。



私が行くまで、聖書の朗読と勧めと教えに専念しなさい。



聖霊のたまものを軽んじてはいけません。
これらの務めに心を砕き、しっかりやりなさい。




パウロが愛弟子テモテに確りなめられずにやりなさいと言っているのは、



聖書の朗読と勧めと教えを聖霊の賜物に助けられて確りとやりなさいと叱咤激励して、そうすればあなた自身も、またあなたの教えを聞く人たちをも救うことがでると証ししています。




ここでパウロがテモテに語っているのは年が若くても若くなくても神が建てた権威をしっかり守ること、すなわち聖書の理解と日常の適応にキリスト・イエスの十字架の贖いの救いを証しすること、十字架の贖いをどう自分の目でみてどう理解するのか、どう日常に適応するのか、すなわち私たちの生き方を決めてゆくということを聖霊によって確りとやりなさいということでしょう。

聖霊の賜物はイエスの御顔と出会いキリストの贖いの与えてくださる聖霊を日常で他者とともに共有して生きるということになる。それは山里牧師によれば互いを軽く見ない、お互い尊敬し合う。主にあって愛し合い支え合い励まし合うということになる。このような聖霊の賜物の交わりを地上で行って行くことは、



神の前で等しく平等であることと互いの霊性(思想信条)を尊重する言論の自由を尊重する自由と神以外に絶対者がいないゆえに人は皆お互い相対なものである〈一人ひとりの意見を愛する、すなわちキリストの愛する一人一人の父の霊性を尊重する天の御国への招き〉で可能になる。

互いの人権/霊性を重んじる、互いに愛し支え合う社会である。
そういう意味でヨーロッパに押し寄せる難民たちにキリストの御手が
差し延べられますように。




永遠の命について、


ともに聖霊によって、



新しい現実をありのままの日常で証ししてゆきたい。



恵みの御霊が



一人ひとりに、



滅びから命に立ち返り、日本においては戦争から平和へ、


ヨーロッパにおいては難民に援助を
成就するため、一人一人の(聖霊)が共に活動することが



出来ます様に、

イエスのみ名によって祈ります。






 

2015年8月27日木曜日

鯖鮨と星とロイヤルシティ大山リゾート



雅子とロイヤルホテルのお風呂に行き、そこで最近親しくなった方から鯖鮨を戴く。




早速、白ワインで風呂上りにいただきました。




上に巻いているのは高菜。




新鮮な鯖があっさりとして次々に口に入る。




あっという間になくなってしまいました。



風呂に通う間に地域の人から野菜をもらい、魚が好きだと言うので鯖鮨をもらう。

優しい人の通う大山の露天風呂。




風呂上り別荘まで歩いて帰る道すがら上弦の月が満月に近づいているので道が明るい。

台風が過ぎ去って星が綺麗に輝いて美しい。







二階の部屋からベランダにでて、




無数の星と月を見る。




世界陸上がTBSで放送されていた。



チェコのヘイノバの自信のあふれる走りに感動する。



南アフリカのバンニーキルクの今季世界最高の記録の実現する時を見た。




棒高跳びのキュウバのシルバの逆転の跳躍におもわず息を止めた。









夜空に星が溢れ出して輝いている。
運河のように銀河が樹木の間に見える。




夜の気温は25℃を下回り、肌寒い。



翌日、



午前四時国際ニュースをみて、



六時半ダニエルの散歩に行く。



ヨーロッパに押し寄せる難民たちに援助の手が差しのべられますように。

メルケルドイツ首相の困っている人を見過ごすことはできない。
困っている人に手を差しのべるのは人として当然のことだという演説に思わず拍手を贈った。



良きサマリア人がいた。


茗荷を持ってきてくれた久保さんが暫く姫路に帰っていたがまた戻ってきている。

出雲の山並みが見える農道で出会った鳥居さんのご主人も休暇で帰ってきていて散歩の途中であった。





こんな人里離れた森の中で中国の株価の暴落の話に花が咲く。




今や中国の株の暴落が原因で世界同時株安のブラックマンディを形作っている。
暫く金融の安定に時間を要するだろう。

どれだけバブル資産の減少をすることだろうか。




韓国を始めアジアの多くの国は国内企業の輸出に有利なために通貨レートを安く誘導していたが、中国の為替交換レートの引き下げに伴い通貨安競争が増々進み、あまりに通貨を安くすると外国の投資資産が逃げ出してしまう危機を招く。


韓国の朴大統領は中国の抗日戦勝70周年の軍事パレードに出席を表明した。




休戦ラインを挟んで先ほど軍事衝突を北朝鮮との間で起こしていたが、
朝鮮戦争の戦った北朝鮮を支援したのが中国で韓国を支援したのはアメリカ合衆国であったのが歴史の真実だ。




韓国民は日本との関係に当時の日本の植民地政策に歴史的こだわりを持っているのは当然だが、
一方の北朝鮮と中国の関係も歴史的なこだわりを日本とのこだわりと同様な視点で歴史を認識してほしいと思う。




国力(経済と軍事力)を誇示して東南アジアの海をわが海にしようとする中国の政治姿勢や、独裁恫喝政治に明け暮れる北朝鮮や軍事領土拡張政策のロシアのプーチン大統領の政治姿勢をよく観察してみて、朝鮮戦争時の韓国を支援してきたアメリカに対して感謝の配慮がかけているように思われる。


それは、戦後日本国憲法を採択し平和国家をめざして善隣平和外交を心がけて、隣人である韓国や中国を経済支援してきた日本への感謝の気持ちに対しても配慮に欠けているように私には思われる。




1990年大林ビルで中国の方との会議がありそのあと大阪城をご案内したことがあった。
北京大学の教授で日本の技術支援の要請に訪れていた。

とても謙虚に学びまた感謝を表していた。
中国の高速鉄道は日本の技術に負うところは多く、また自国の環境衛生についても日本の技術支援を求めなければならない現在の中国の汚染状況をみるとき、まさに互いに安全に暮らす地球環境の要請からも喧嘩している場合ではない。

武器をとることなく謙虚になって平和にお付き合いできると、素晴らしい極東アジアの文化の発展に期待がもてる。

韓国についても、北朝鮮についてもおなじ平和にお付き合いしたいものだ。





そのためには人権と民主主義に政治の基礎を置く政治をすなわち国民の自由な判断による各個人の自由意思の判断を尊重する政治を根ずかせなくてはならない。



台風15号は昨日去って行った。



ニュースでウラジオストックの台風15号の通過の様子が放送されていた。

日本の領海から台風が過ぎ去って行くと突然NHKはニュースに台風関係はされなくなるが地上から消えたわけではない。




上海でも洪水で台風の影響があり、


フィリッピンやインドネシアでも被害が出ていた。




台風15号という自然現象は一国の社会・政治(放送や社会生活)に現れるが、それ以上に、地上の人々の出来事(の記憶/言葉)にあらわれる。文字通り自然現象なのです。
逆に考えれば一国に収まりきらない現象が地球の上に暮らす人々の思考を形成していて人々はその形成された思考によりお互いの真実を掴み取るとも言えます。




歴史に学ぶとは一国の立場から見るのは人間の特質や生活の都合上やむ負えない立場ですが、
歴史は一国に収まりきらない真実・台風のような大きなエネルギーのある自然の現象に似た様子を現す、人々のより良き生の渇望の活動エネルギーの総和でそれは暮らしを営む個々一人一人に経験する出来事を言葉化することをとおして時代の真実を歴史として理解してゆくことに依って得られるものだ。



地上の人々の歴史にかかわる一人一人の言葉を消し去ることなく真実な歴史を掴み取るには、そこに生きる人びとの自由な視点が必要になって来る。

この視点は自分と相違する他者の意見との対話によって始まるものなのだろう。




人かげのない別荘の中を、ダニエルと一時間ほど散歩する。



道は落葉と木の枝で随分汚れている。









教会の内田さんから手紙が届く。




朝夕はちょつと涼しさを感じていますが如何お過ごしですかから始まり、




ホライズンに寄った時のこと、特に私の妹と父のことを詳しく知らせてくれて、
最後に雅子の足と私の肩を労わってくれ、教会が早く見つかればいいのにと。祈りで結ばれていた。




盆が過ぎると別荘地から人がいなくなり、ツクツクボウシだけがしきりに鳴いている。
そんな中をひとりのご婦人が私たちの昼飯をとっているテラスにたどり着いた。



おやまあ、よくいらっしゃいました。
なんとエホバの証人が尋ねてくださった。



私たちは今教会を探しています。
先日大山イエス之御霊教会で聖餐式を行いました。



異言で礼拝するので、私たちはその教会には行くことはありませんが
キリストの御霊の交流を求めています。




いつでもお尋ねください。お互いお付き合いして祈り合う時、
キリストの御霊が愛と真実を形作ってくれると思っています。


















































































ゴオーと音がするので覗いてみると、道路を掃除している。

ここは毎週道路掃除と路肩の草刈がされている。



人気のいないものと思っていても別荘地は多くの人によって美しく管理されていました。

いままでその恩恵にあずかっていたことに目が開かれていなかった。