日々是好日
2012年1月31日火曜日
ダニエルと一人の鍋
Chateau Croix Figeac Saint-Emilion Grand Cru 2008
雅子が風邪気味で、晩飯を食べたくないという。
わたしの一人の鍋となる。ダニエルがお相伴してくれた。
今日から母親は千カロリーの食事にアップする。
わたしが指示したままに全て平らげる。随分我慢しているのがわかる。
栄子は九時に日赤に入っている。母をお越しトイレをさせて。椅子に座らせていた。
九九がいえるのに驚いた。イロハニホヘトも言える。
今日はわたしと風呂に入り鼻歌を歌って、折り紙をする。
明日も栄子に九時までに日赤にはいり、母に自分で朝が過ごせるように指導するように言う。自分が母に甘えるために日赤に来るなら帰ってもらうことを伝える。
若い人が好きでよく声をかける。言うことがわからないが、言いたいことがわかるのが不思議だ。すり寄るように看護師たちによく声をかける。
2012年1月30日月曜日
熱い鍋がなにより心があったまる
Chateau De La Dauphine 2008 Fronsac
今年初めての粕汁がやつと食卓に。雅子にいつも言っているのになかなか。
毎晩鍋でいいと言っているのに冷めた一品ものばかり。
今日は母親はお行儀かよかった。相当プレッシャーを感じているようだ。
わたしと一緒に家に帰りたいと言っていた。
我が家で介護にふさわしい水洗トイレを設置する。
準備万端、日赤の看護婦から鼻にテープで管を止める方法をレクチャーされた。
今日は母待望のうんこをした。
直径3.5cmの大きい奴が長さ15cmもある。驚いた五日分のたまりにたまったうんこ。
2012年1月29日日曜日
母の自立
まず母の病室へいってトイレをさせる。今日はスタッフステーションで椅子に座っていた。
デイルームで一緒に昼食をいただく。まだボーとしている。
促すとやっと食べだし始めるが、何やらそどろそどろ。
ぱくつくように食べない。歳と言えば歳だ。認知症と言えば認知症だ。
しかし、食べることができて、わたしたちは幸せを感じる。
もう残っていないのに丁寧に最後の一粒までたべる。
促さられるように、食べるのに疲れ果てる。
わたしも、催促することにうんざり。
日赤病院の窓から和歌の浦が見える。 母は眠りモード。
眠っている姿は可愛い。
食事のあと満足したのか心地よく眠っている。
日曜日はスタッフステーションは、人が少なくコールが鳴りっぱなしだ。
看護師をみるとすり寄ってゆく、母は気に入りの人の手を握りにゆく。
母の頭の中には不安がいっぱいで、こらえきれなくなるとき涙が出てくる。
三階でエレベーターを降りリハビリルームまで歩いてゆく。
吹き抜けのロビーの見渡せるところに来ると必ず怖がる。高度感が怖いのだ。
誰もいない廊下が怖いという。体か震えている。
花屋はきれいと言って喜んでいる。
いつものデイルームにもどってご機嫌になり、しきりにおしゃべりしてくれた。
が言っていることが知抽象画のように意味がわからないのが悲しい。
それでもわたしを嫌がらして大笑いする。
晩御飯が来たとき、わたしはおなかいっぱいで食べられないって言わんといてやと言うと
うんと頷く。
2012年1月28日土曜日
元気に日赤で過ごす
十一時半に日赤に着く、母は両手を縛られて眠っていた。
起こしてトイレをさせる。
母の昨夜のトイレの回数と時間を訪ねるも、よくわからない。
こんなものだ。
昼時に、食事をする患者の姿を見た。口いっぱいにご飯をほうばらされていた。
わたしが介護する食事に文句を言う母によく見ておくように言うが何の意味か理解していない。
歯をとって磨いてあげようと思うが、口を開けない。
痛い痛いと、大げさに騒ぐので残念する。
母には余計なお世話のよう。
2012年1月27日金曜日
豪華客船日赤で旅する母の一日
10時半にリハビリへゆき、顔見知りの理学療法士を見つけるなり、すがって泣き出す。
歩いてハビリに行き、そこで心細くなり甘えられる人にしこたま甘える母。
わたしの中之島幼稚園時代の思い出と重なる。
看護師から食後の白湯の補給方法を学ぶ。
胃に聴診器を当て空気を鼻につながる管から送り込み、補給するための管が確実に胃に達しているか確認する方法だ。
病院から自宅に帰った場合栄養補給するための、吸入器や補給の容器の手入れの仕方も入念に学ぶ。
胃に入る水分の落ち具合の調整も確実に理解した。
2012年1月26日木曜日
日赤病院で母の訪問看護師と顔つなぎする
Chateau AYDIE Madiran 2007 Vignobles Laplace
日赤のミーティングルームで主任看護師と担当看護師、地域連絡看護師日赤側三名と
地域の訪問看護師とケアマネージャと母を交えてわたしが自宅で看護するための打ち合わせする。
栄子に母には車いすを使わずに病院内を散歩するように約束していたが、三日前の約束が守られず、母を車椅子に載せて昼飯の買い物をしていた。その横柄さがわたしには理解できない。
約束どうり熊取から和歌山まで母のために来てくださる人もいるのに、母のリハビリの必要性を口を酸っぱくなるまで栄子に言っていたにもかかわらず、自分の感覚で私を裏切る。今回ばかりは妹には自立してもらう。
わたしは母の看護に専念する。栄子は自立することを望む。
熊取のいずみ建築工房に母の水洗便所の工事を発注する。
徐々に自宅で母と過ごす態勢を整えつつある。
2012年1月23日月曜日
入れ歯のプレゼント
Diane de Belgrave Haut-Medoc 2007
Les Hauts De Lynch-Moussas 2008 Haut-Medoc
今日は歯医者へ、栄子は日赤へ、25日もお願いする。
メドツク5級セカンド。 La CLoserie De Camensac 2008 の方がわたしの好みだ。
入れ歯が入った。口の中がなんだか異物で落ち着かない。
こちらは慣れるしかないのだろう。
2012年1月22日日曜日
主の日ひと日
今日は主の日
母の昼ご飯に同席する。
母は雅子ヘウインクしてわたしが母にしきりに食べるように促すのを牽制する。
この人はいったい認知症を患っているのか、正常なのか。
わたしが認知症患者なのか。
救世主の思いは、人の考えとはるかに遠く、
だれも人は自分の道は正しいと思うが主の思いは人とは異なる。
美しい絵画の前で私と母と心癒される。
シヨパンのピアノ曲を聞いて、
1983年雅子と結婚した時、大阪港に帆船祭りのために入港した船乗りたちを思い出す。
一番美しかったのはポーランドの栄誉の礼で素朴な中にあつて高貴だった。
主イエスのように。
母のリハビリのように
持てるもののひとのすべてで表現する真実。
雅子と母とは他人。
このような手と手と取りあう関係はどこからきているのか。
雅子はダニエルの散歩のために日赤から自宅へ。
わたしと母とは日赤病院の中を散歩する。
日赤の人は母のために便秘の薬を昨夜に飲ませてくれている。
お通じかあり、今日もおいしいカステラを四時にデイルームでいただく。
怖いまでにまともな顔つきでわたしに話しかけてくる。
然し何を言っているのかわからない。髪をカットをしてもらってよかったね。
とわたしははぐらかせていうと、嬉しそうにうんと返事する。
静かに日赤で時を過ごす。母との贅沢な午後。
また夕食の時に、わたしは母にとって鬼になるのだろう、母の自由を奪う嫌なものになる。
せめて夕食までの美しい黄昏時だけは母と平和なひと時を過ごしたい。
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