2024年7月19日金曜日

いつの間にか大山の森も夏が到来しています

 明日は京都に行く雅子を大山パーキング(9時4分発)に送ってゆき、そのままわたしはJR岸本駅へ(8時47分発)で山陰線の大きな駅米子へゆき、そこから9時56分発出雲行きで宍道駅へ。

木次線へ乗り換え宍道11時18分発備後落合14時25分着で中国地方山間部を出雲から広島に抜ける路線中央にある備後落合へゆく。芸備線(一日の乗降客が20人未満で少ないためJR西日本の廃線リストにある路線)で中国山間部備後落合14:42発ー道後山14:57ー小奴可15:03ー内名15:11ー備後八幡15:20ー東城15:32ー野馳15:39ー矢神15:44ー市岡15:49ー坂根15:53ー備中神代15時59分着(伯備線接続)まで戻って来る新見16時9分着。

新見最終普通米子行21時57分発の伯備線で岸本駅23時31分着で終える旅。

私の住む中国地方の山間の里郷(街)を一周して巡る旅に心躍る一日になる、大山の森の中で夫婦の暮しに満足し近隣の暮しをみてみたい思い(関心)が湧かなかったが、ユーアイパル岸本温泉に行くようになって新見からきた人に会って近隣の人のことも関心が湧くようになる。わたしは私の住むこの中国山間地区の暮しの真実をわたしのこの目で見て掴もうとしている。新見から米子行最終列車で岸本駅へ戻る前に(千屋牛)蔓牛の発祥の街を見てみたい。


大山の森に来て別荘を建てた若いころの暮しと繋がっていたロイヤルホテルがわたしたちには大きな拠り所(依存)だったと思う、ダイワロイヤルホテルが果たしてくれていたサービス(毎日の朝風呂とミシュラン級のマウントビューのフランス料理)のある暮しに、なくなる日のやってくることなど想像することなく満足して暮らしていたのが、今年二月、初めて無くなる(現実)が契機になって、わたしたち夫婦の暮しのなかに生じた欠乏感と無くなった寂しさを、補うもの(未だ解らない)を求めて初めて森から外の暮しに(興味)が湧き始めたと言うのが本当のところ(真実)だと思う。有り難きかな日常の真実と変化にわたしたち夫婦が目を転じるように与えられた主からの恵み。


善き隣人から戴いたメロンシャーベットを昼御飯のデザートにいたたきました。


わたしの肉を食べ。わたしの血を飲むものは、いつもわたしの内におり、わたしもまたいつもその人の内にいる。






昼飯時にちゅらさんを見て世界第二の経済大国のバブル崩壊する最中の映像を懐かしくみて、まだ人々の表情が生き生きとして優しく美しいのを感じた。崩壊後三十年たつ現在、虎と翼の朝ドラをみてもそのころに繋がる、自由で平等な個人の思想信条が尊重され、憲法とともに平和が続いていることに安堵感をもった。
平和で愛し合う日本国民のなかにある幸福の確かさを知り愛でる。





平和な夏の姿。平和が一番。隣人の満足した笑顔が満ちる暮らしが幸せの極み。
そのためにわたしたちは剣を打ち直し鋤とし槍を打ち直し鎌として一生懸命正直に生きてきた。
バブル崩壊の経済の低迷(そのことばこそかつての暮しを変えられない真実を生きようとしない)ことなどに構ってはいられない。





ウクライナの人々が侵略者から自分たちの国を護るために立ち上がった生き方を見習おう、そのとき誕生した千敏くんもご覧の通り。善き隣人に愛と自由を求めるウクライナの人々が困難な現実に勝利し平和な暮らしが再び実現しますように。




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