2026年11月8日日曜日

主日礼拝

 



貝塚聖書教会の主日礼拝でルカ2:22節が朗読されこども祝福式と幼子の献児式が行われた。

『あなたはわたしの子、今日わたしはあなたを産んだ』というみ言葉。神は今日のこどもたちにも、    ナザレのイエスにも、旧約時代の人々にも、語られます。


わたしたちは何も持たずこの世に生まれ、なにももたずにこの世を去ってゆく。


すなわち人々の活動の場である地上は(み言葉)が人を産むという聖書に書かれたことが決して変わらなく神によってなされ続けられていることをわたしは信じます。


説教マルコ10章13-27 「こどもたちーもたざるものたちへの祝福」





昨日雅子とK氏に誘われて倉吉の未来中心の大ホールの集会の午後の部に参加した。


テーマは 『主により頼む人は幸せである』格言16:20

以下格言をわたしは箴言として記す。


中心的なメッセージは「心を尽くして主に信頼し、小さなことにも忠実であり続けるなら、主があなたの道をまっすぐにし、本当の幸福と知恵を与えてくださる」ということです。



Ⅰ   主への信頼と道が開かれる約束の聖句

主により頼む(信頼する)ことの大切さと、それに対する主の素晴らしい約束です。

「みことばに心を留める者は幸いを得る。主により頼む人は幸せである。」箴言16:20

神のことば(聖書)に聞き従い、主を全面的に信頼する人には、本当の幸いと祝福が約束されています。


「心を尽くして主により頼め。自分の悟りに頼るな。あなたの行く道すべてにおいて、主を知れ。主があなたの道をまっすぐにされる。」  箴言3:5-6

自分の限られた知恵や判断に頼るのではなく、すべての領域で神を認め、委ねる時、神が最善の道へと導いてくださいます。


「苦難の日にはわたしを呼び求めよ。わたしはあなたを助け出し、あなたはわたしをあがめるであろう。」    詩編50-15

困難に直面した時、まず主に祈り、助けを求めるようにという招きです。神は必ず応え、わたしたちの賛美となってくださいます。

「あなたのなすべきことを主にゆだねよ。そうすれば、あなたの計画はしっかりと立つ。」   箴言16:13

あなたの働きや計画を最初に主に委ねることで、その歩みはたしかなものとされます。

主に委ねる(Roll over to GodまたはSurrender to God)という言葉は、自分の力ではどうにもできない問題や、将来への不安、過去への後悔などをすべて神のみ手に委ね、心の平安を得るという信仰的アプローチを意味します。特に英語圏のクリスチャンなどの間で使われる「Roll ・over」という表現は詩編37:5などにある「あなたの重荷を主にゆだねよ(Roll your way upon the Lord)」という言葉に由来しています。重い荷物を自分から転がして(Roll)、神の足もとに預けてしまうようなイメージです。


Ⅱ   小さな忠実さとみことばへの態度の聖句

日常生活の中で誠実さと、主の命令に対する姿勢について。

「小さい事に忠実な人は、大きな事にも忠実であり、小さい事に不忠実な人は、大きい事にも不忠実である。」  ルカ16:10

誰も見ていないような小さな事、一見重要ではなさそうな任務にどう向き合うかが、その人の真の品性を表します。


「わたしはあなたのおきてを行うことに、心を傾けます。いつまでも、終わりまでも」   詩編 119:112

一時の感情ではなく、生涯を通じて神の命令に従い続けるという、固い決意と従順の姿勢が歌われています。



Ⅲ    知恵の価値と次世代への教育の聖句

主の知恵を持つことの幸いと、人生の基盤作りについての教えです。

「幸いなことよ。知恵を見出す人、英知をいただく人は・・・・・知恵は、これを捕らえる者には命の木である。これをしっかり握っている人は幸せである。」 箴言3:13,18

世の富よりも、主からくる知恵こそがあなたを本当に生かし、幸福にする最高の財産です。


「若者をその行くべき道にふさわしく教育せよ。そうすれば、年老いても、そこから離れない。」  箴言22:6

幼いころから聖書(神)の真理に基づく正しい道(信仰の土台)を教え込むことは、その人の生涯を守る決定的な力となります。


Ⅳ    試練の中での守りと、福音のための柔軟性の聖句

クリスチャンとして世を生きる中での、励ましと実践的な態度です。

「あなたがたの会った試練はみな人間の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えられないほどの試練に合わせることはなさいません。むしろ耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。」   コリント第一 10:13

どんなに大きな困難に見えても、神のコントロールの範囲内であり、必ず乗り越える力と解決の道(出口)が用意されています。


「わたしはだれに対しても自由ですが、より多くの人を獲得するために、すべての人の奴隷となりました。・・・・すべてのことを福音のためにしています。・・・・・」             コリント第一  9:19~23

パウロ伝道の姿勢です。自分のこだわりや権利を捨て、相手の立場(ユダヤ人、律法のない人、弱い人など)に合わせて柔軟に関わることで、一人でも多くの人に福音を届けようとしました。


これらの聖句は相互に深く結びついています。「コリント第一9章」にあるように、他者のために自分を低くして仕える(奴隷のようになる)ためには、まず「箴言3章や16章」にあるような、主への絶対的な信頼と委ねる心が不可欠です。                   自分の力ではなく、神の知恵と約束(コリント第一10:13に寄り頼むとき、わたしたちは「小さなことにも忠実(ルカ16:10)」に歩み続けることができるようにされて行きます。



わたしたちは聖霊によって変えられるのです。
昼の休憩時にK氏にわたしは尋ねた。『アメリカの中間選挙と神の国の神の義公正で自由の渇望をアメリカの人々の選挙行為に現れているように思いませんか』と彼は『わたしは政治にはなにも関心がありません』と言った。そこでわたしは『政治は人々が隣人と暮らすための避けて通れない主の平和を実現する行為、聖書のテキスト課題の実践そのものでは』と問うた。
彼は権力者に従って生きると言った。
わたしはパウロも同じように言っているのを知っている。

上にある権威に従うこととひとの自由について、留津さんに約束したわたしの未解決の問題を午後からの聖句中のはてなについて次に記しておくこととする。

「格言(かくげん)」と「箴言(しんげん)」はどちらも人生の教訓や真理を短く表した言葉ですが、ニュアンスや使われ方に違いがあります。
新世界聖書には箴言が格言になっています。

「叡知(えいち)」と「識別力(しきべつりょく)」はどちらも物事の本質を捉え、正しく判断するための優れた知的能力を指しますが、その視点の広さや目的に明確な違いがあります。
一言でいえば、叡知は物事の全体像や根本的な真理を悟る「大局的な知恵」であり、識別力は物事の違いを見極め、善悪や真偽を正しく判断する「分析的な判断力」です。
新世界訳聖書では叡知の個所がすべて認識力になっている。



2026年11月5日木曜日

風は思いのままに吹く


風は思いのままに吹く。それはどこからきて、どこへ行くか知らない。ヨハネ3:8







花帆ちゃんがんばってる~。(ガンバレ)




米州知事選、テキサスやオハイオで民主勝利 ジョージアは初の黒人女性知事



 

斐川美人の湯写真ホームページより



【米中間選挙2026】 民主党、上下両院で主導権を奪う トランプ政権を有権者が否定



斐川美人の湯露天風呂写真ホームページより


「テキサスを取り戻した」タラリコの勝利演説

共和党の牙城で38年ぶり民主党がテキサス州で上院議席奪還




冬用のタイヤ交換の予約をする。金魚の池の観音竹を部屋に戻した。



無門から喜寿で電話が「奥出雲の樽熟成シャルドネが手に入らない」いつものでと伝える。18日は大社祭りでホテルがとれないので斐川美人の湯に行く予定。









灯油ストーブを出した。気温10℃





2026年10月31日土曜日

邂逅は世に隣人といることの喜びの証

 



メルキュールの受付の人達とカウンター越しに「この付近のいい店」について話していると、わたしが紹介したお店は勿論大山Gビールに蕎麦処桔梗と鮨処田村なんと受付の人が蕎麦処桔梗のお嬢さんで吃驚、伯耆溝口駅から徒歩一分の前田商店のピザが本格的で美味しいと紹介。「一度行ってみて」


JR溝口駅



美味しいピザにつられて雅子と。予約がいるらしいが、今日は花回廊と足立美術館へ行く予定なので駄目もとで寄ってみる。



外観からはイタリア料理店らしきものはなく。
うろうろしていたら、店の中から店主が出てきて、ここが前田商店で以前の居酒屋の店をそのまま改装することなくピザ窯だけを設置して営業を始めたという。
今日ひとり予約が入ってきたので準備中でピザだけなら手間は焼くだけなのでもしそれでよければどうぞとのこと。











チーズとキノコのピザをすすめられたのでそれにする。






雅子はグラスワインを頼んでいる。わたしはノンアルコールの麦酒にした。





とっとり花回廊







コスモスと菊と赤い植物が玄関でお迎えしてくれる。





菊の花で動物を形作っていたが、菊の花のオブジェがそれと一致しない。




正面のランの温室はハロインムードが漂っている。



その手前の空き地はかぼちゃの演出。






路面のいたるところにサルビアの赤が印象的に配置されている。






















花の丘も真っ赤なサルビアが一面。





遠くに大山がみえる。





思わない出来事とは突然予期しないときに起こる。






わたしたちの前に突然、博士が現れる。


二年ぶり、いつもいた白鳳の里の温泉でぱったり会わなくなった。
インフルエンザの後に悪化、肺炎になり生死をさまよってやっと最近外出できるようになったとのこと。30㎏痩せた。



どうしているのかと気になってゆめ温泉で岡本さんと会ったときも噂していたがさっぱり。
みんな博士のことがわからず、それがばったりこんなところで出会えるなんて。







今週は岸本郵便局でも今宮さんと一年ぶりに出会った。





サルビアとも2年ぶり。















花回廊レストランで一休み、これから安来の足立美術館へ行く。





夕日が迫っている。



足立美術館も一年ぶり。https://www.adachi-museum.or.jp/archives/collection/yokoyama_taikan





























美術館の喫茶室で休憩。










午後5時前、まもなく閉館。