詩編102編19節は 新共同訳では
後の世代のためにこのことは書き記されねばならない。 「主を賛美するために民は創造された。」
一見すると「賛美する」と「許す」は違う意味に思えますが、アラビア語にもヘブライ語と同じく「H-L-L」から派生した "hallala"(歓声をあげる・称賛する) という言葉が存在します。
古代のセム系言語において、この「H-L-L」という音は、もともと「声を大にして境界や禁忌を解き放つ」「(神を前にして)喜びの声をあげる・光り輝く」といった、人間のポジティブで解放的なエネルギーを表す共通のニュアンスを持っていたと考えられます。
数千年の歴史の時の中で、一方は「人から神への賛美」に、もう一方は「神が人間に与えてくださった自由へ」信仰と人間の解放とが表裏一体であるのは感動的なものです。
ハンナ・アーレントは
人間は「誕生(ネイタリティ)」によってこの世界に新しい始まりをもたらす存在であり、人間であることと自由であることは同義である「これまでに存在しなかった、まったく新しい何かを自発的に始める能力(イニシャチブ)が神によって(与えられている)創造された」と言っています。
詩編102:19「主を賛美するために民は創造された。」から主の創造(共に生きる自由の喜び【世への愛】)を味わいたいと思います。
神が人間に「新しい始まり(イニシァチブ)」を託してこの世に送りだしてくださったとするなら、私たちが生きることそのものが、すでに神に創られた自由の現われであり、その自由の中で発する喜びや賛美は、まさに詩編102編が歌いあげている「新しく造られる民」の姿そのものと言えます。
Bortnyansky - Concerto 1 "O sing unto the Lord a new song"


















