盆で真悟さんの兄弟みんな久留米に帰郷しているの。 悠子『みんなきてる!』
みんな楽しんでますね。悠子『 ずっと遊んだお盆でした。』
日本の終戦記念日1945年8月15日
本日は戦後82年目を迎え平和を覚える主の日の二つの教会の礼拝に出席する。
久留米キリスト教会
「過った『正しさ』からの再出発」 踊真一郎牧師 ホセア書 2章16節-3章15節
貝塚聖書教会
「『主の杯』となるエルサレム」 山里将之牧師 ゼカリア書12章1ー3節」
参考
1. 「夫婦関係」としての契約の回復
聖書において、神と神の民の関係はしばしば「結婚(夫婦)」に例えられます。
- ホセア書: 姦淫(偶像崇拝)に走って出奔した妻ゴメルを、主の命令によってホセアが再び代価を払って買い戻します(3:1-3)。そして神は「その日、あなたはわたしを『わたしの夫』と呼び……」と語り、もう一度新しい婚姻契約を結ぶことを約束します(2:16, 21-22)。
- エゼキエル書: 特に16章において、神はイスラエルを「浮気(偶像崇拝)をした不実な妻」として激しく断罪しますが、最終的には神の側から「永遠の契約」を思い起こし、彼女を赦して回復させると預言します。
- ゼカリヤ書: 主から離れ、姦淫(偶像崇拝)を行って裁かれた先祖たちの罪を教訓とし、主が再びエルサレムを「わたしの選びの場所(妻のような存在)」として哀れみ、立ち帰るよう招きます(1:3, 1:16-17)。
2. 「荒野(隔離・捕囚)」を経て、終わりの日に「立ち帰る」
罪に対する審判(罰)としての隔離期間を経て、民が自発的に、あるいは神の導きによって立ち帰るプロセスが共通しています。
- ホセア書: イスラエルは「長い間、王も高官もいけにえもなく過ごす(捕囚・隔離)」ことになりますが、その後「帰って来て、彼らの神なる主と王ダビデを求める(終わりの日の回復)」とあります(3:4-5)。
- エゼキエル書: バビロン捕囚という荒野の時代を経験させ、汚れた偶像を取り除いた上で、「新しい心」と「新しい霊」を彼らに与えて約束の地に連れ戻します(36-37章)。
- ゼカリヤ書: 捕囚から帰還した民に向けて、冒頭から「わたしに立ち帰れ、と万軍の主は言われる。そうすれば、わたしもあなたたちに立ち帰る」(1:3)と、明確な関係の修復を迫っています。
3. 人間の不完全さを覆う「神の主導権と恩恵」
これらすべての箇所において、人間側がまず立派になったから救われるのではなく、神が主導権を握って一方的に恩恵を注ぐことで関係が再構築されます。
- ホセア: 夫を裏切り続けている妻を、夫の側から愛し、買い取りに行きます(3:1)。
- エゼキエル: 枯れた骨のような民(37章)に、神が一方的に息(霊)を吹き込んで生き返らせます。
- ゼカリヤ: 3章に登場する大祭司ヨシュア(民の代表)は汚れた衣を着ていますが、主の使いがその汚れ(罪)を一方的に剥ぎ取り、清い祭司の服を着せます。






















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