創世記 22章1-19節
(アブラハムの模範とテモテの信仰)
創世記22章は「信仰の父」と呼ばれるアブラハムが、愛する息子を捧げるという究極の信仰のテストを通過する場面です。テモテ第一1章では、そのような真実な信仰がテモテ自身にも受け継がれていることが強調されています。
(神の真実と約束への応答)
アブラハムの信仰の根底には「神の約束は必ず実現する」という信頼がありました。
テモテ第一1章でも、神の栄光と、キリスト・イエスにある永遠の命の約束が真実であると説かれています。
(偽りなき信仰と健全な良心)
テモテ第一1章では「偽りなき信仰」と「健全な良心」を保つことが命じられています。
(1:5,1:19)。 アブラハムは疑いなく神に従い抜くことで、その純粋な信仰を証明しました。
ここで誤解のないように記しておきます。
クリスチャンの純粋な信仰が生れもっているのかというとパウロやアブラハムと同じ、人間である以上だれも初めから持ち合わせていないのに気づいています。そうです神に(聖霊に)よって(助けられて)クリスチャンは徐々に変容させられていくのです。
アブラハムも神の約束を冷笑して(笑いを)経験して自分の息子の名前にイサクとつけたほどの人物です。パウロも同じでイエスを迫害し神に赦されたほどな(サウロ)人物です。
彼らは人生で多くの失敗があり、それでも神(他者)から離れてしまうことはしなくむしろ
関心を持たれている(愛されている)ことに感謝と喜び(驚き)を経験したのでしょう。

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