インマヌエルから与えられる隣人の恵みを雪の大山の森の中で聖霊によって話り合った。
サウロ(パウロ)の経験したもの。
誰もが人生で経験する不確かさや充てにならない誇りの頼りなさ、慣れ親しんだ日常の崩壊、人との約束の破綻や信頼の消失、まさに自己嫌悪に陥り自分に無力さを感じるとき、再び あなたを回復させてくれるものとは。
ダマスコヘ行く荒野で突然まぶしい光がさしてみ声を聞く。わたし達もパウロに似ています彼(サウロ)も証します、
復活のイエスによって弱気なものに能わる気づき。わたし(個 人)の本来 を取り戻したと、わたしたちの誇りはわたし個人ではなく(自分に語りかけて愛してくれる)隣人(主)との交りそのものだと気づく。あなたのそばに呼びかけられる隣人のいることを誇るあたり前の暮し(平和)。シャローム そのもの民主主義を誇れ
(コリントⅡ 11章) 詩編139:23 箴言26:9
賛美歌 106番荒野の果てに
「 慎ましく地道に当たり前に人の中で人とともに生きる人々を誇る。」
久留米キリスト教会
弱さシリーズ③ 「弱さは未来の道しるべ」 踊信一郎牧師
ローマの信徒への手紙 8章 18-30節
➡ メッセージ 2026年1月18日 主日礼拝
貝塚聖書教会 山里 将之牧師 ルカの福音書 1章80節 (朗読67-80) 「ヨハネは荒野へ」
弱さの中にこそ私たちは強い 暗い時代に 灯る光に(互いが補われて)なっているのです。






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