2015年3月4日水曜日

主のみ名を呼ぶもの



創世記より
人は、その妻エバを知った。彼女はみごもってカインを産み、『私は、主によってひとりの男子を得た。』と言った。彼女は、それからまた、弟アベルを産んだ。

アダムとエバに息子が誕生する。その時エバは、「わたしは主によって、ひとりの男子を得た」と言っている。次男の時は言葉がない。


エバに再び出産がおとずれる。




彼女は男の子を生みセツと名づける、「神はアベルの代りに、ひとりの子をわたしに授けられました」 と再び言葉を語っています。

カインは鍛冶屋という意味を持ち、物を造る能力、人は武器と像をつくる能力を持つ。
アベルは「霧」「息」の意味で、非常にはかないことを表す言葉。
セツは「立てる、固定させる」「備える置く」を含む言葉。

セツの誕生によって、神が備えられたと、エバはカインの時のようではなく、神によって固く立てられた新しい始まりを、感謝しているようすが私たちはエバの言葉で見ることができる。

カインの時はエバは主によって男子イシユを得たと言っている。イシャのエバがイシュ人を出産できる力に、神に感謝するよりはそれに満足しているエバの姿を見る。

人が神の御力を知る二通りの認識を私たちはエバをとうして知る。

神の力が私にあるという認識と、私は無力だが神が力を備えられるという認識。




エノーシュの語源は壊れやすい、癒えない、治らない 人間の一側面を言い表す言葉。
「主よ。彼らに恐れを起こさせてください。 おのれが、ただ、人間にすぎないことを」
人の日は草のよう。野の花のように咲く。風がそこを過ぎると、それは、もはやない。
この聖句の人間、人がエノーシュ。




セツにもまた男の子が生れた。彼はその名をエノシュと名づけた。この時、人々は主の名を呼び始めた。 私はこの主の名を呼ぶもの、パウロが思わず口をついて出てきた言葉を思い出します。
難破の時やアジア宣教の時に、ほんとうに、自分の心の中で死を覚悟しました。
心のうちで死を覚悟し、自分自身を頼みとしないで、死人をよみがえらせて下さる神を頼みとするに至りました。そのような人エノーシュは主のみ名を呼ぶもの。




セツの系譜がある中で、神の面前から去ってゆき流離の民として生きるカインの系譜もまた一方にある、ともに神に愛されている人間であることを聖書は証ししている。

カインはその妻を知った。彼女はみごもってエノクを産んだ。カインは町を建て、その町の名をその子の名にしたがって、エノクと名づけた。・・・・ エノクにはイラデが生れ・・・ヤバルを産んだ。彼は天幕に住んで、家畜を飼う者の先祖となった。 その弟の名はユバルといった。彼は琴や笛を執るすべての者の先祖となった。チラもまたトバルカインを産んだ。彼は青銅や鉄のすべての刃物を鍛える者となった。・・・

人間が持っている制作する能力、音楽を奏で楽しむ芸術創作の能力、都市を築き家畜を飼育し財産を管理する能力、これらは天来の神によっていただいた人間に備わっている能力である。

人間は肉体を維持するために労働し、生活をよくするため制作する仕事に励み、生きている喜びの賛歌に創作があり、そして他者とともに共同体を形成する活動が主によって備えられている。




セツとカインの系譜に共通の名メレクとエノクがある。
人間に神に従う頼むエノクの名とそれとは真逆のメレクの名がともに併せ持ってあるのは興味深い。

そのような人間のカインの系統メレクの性質は負の側面を持っていることを聖書は著す。


レメク(強い者・征服者)はその妻たちに言った、
「アダ(飾リ立てる)とチラ(陰険)よ、わたしの声を聞け、
レメクの妻たちよ、わたしの言葉に耳を傾けよ。
わたしは受ける傷のために、人を殺し、
受ける打ち傷のために、わたしは若者を殺す。
カインのための復讐が七倍ならば、
レメクのための復讐は七十七倍」。


主はカインに言われた、「いや、そうではない。だれでもカインを殺す者は七倍の復讐を受けるでしょう」。そして主はカインを見付ける者が、だれも彼を打ち殺すことのないように、彼に一つのしるしをつけられた。これが神様の赦されたしるしなのだが神を恐れないメレクは復讐のルールを自ら造り出し七倍を七十七倍にと平然と豪語している。

レメクに人間の奢りの側面、負の側面すなわち自由の代価を聖書は証ししている。






神なくして平然と生きるメレクと主のみ名を呼ぶエノシュや主に従い頼る祈る系統エノクが人間の誕生に名づけられている。


被造物である人間の共通の名メレクとエノクは人間は二つの系譜を併せ持つものであるのを知っておくように、聖書は人に思い起こさせる名として創世記に在ります。



 

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