新元号が令和になったことを確認して雅子とダニエルを記念してマウントビユーにゆく。
大山の森は雪が降っています。
Franciacorta Rose Brut 2014
Chateau Aydie Madiran 2012
春の始めの良い月にいい香りが匂っている。
新しい元号の「令和」は、日本の『万葉集』の「初春の令月にして 気淑く風和ぎ 梅は鏡前の粉を披き 蘭は珮後の香を薫らす」という一節から取られたもの。とNEWSに流れていた。
わたしたちも冬を越えて新しい春を迎える喜びとダニエルを記念して。
美味しいお料理をいただきにマウントビューに来る。
昭和生まれの者にとって平成の時代と令和の元号に立ち会った。
時の中で生起する全てのことは人の記憶の中に留められる。
その記憶が人々の口から出て来る時、人々の記憶通り人前に語ることができますように。
日本国憲法の成立の時代に多くの兵士たちは、平和な時代を願って記憶の中にある、
恥ずかしいものを語られずいた、わたしたちは真実を引き継ぐことなく令和の時代をむかえている。
日本の国で公文書が平然と改ざんされても政権が責任が果たせず。国会審議で真実にゆきあたらない答弁が繰り返されると。隠ぺいで利益を得る者の命令を逆らわずに聞いておくようにと令和の元号が安倍内閣で決定されたとなると、ますます平和憲法に期待した戦後の人々の願いの成就、春を告げる梅の香りが遠くなる。
記憶は人々とともにあり、そして人々によって真実が保たれる。
真実を隠ぺいすることは、人々の記憶を隠ぺいすること。
人々からあったことをなかったことにして事実を消し去ること。
わたしたちで一番悲しいことは、事実がわたしたちの記憶から他の人に繋がらないこと。
歴史は、人々の記憶。ありのままのその人の生きた証。
歴史の改竄はその人の生きた証を消し去ること。
これが一番の悪の所業だ。
令和の時代に、人のひとりひとりの記憶が、公に蘇り。
悪と公正が明瞭になって行きますように。
人が生きて出会う出来事は、評価の前に、出来事を経験する人が記憶する。
人が他者に伝承できない記憶はその人の死とともに消えてゆくのと同じように消え去る。
出来事の記憶を改竄する政治は出来事を経験した人々を消し去る行為だ。
記憶が消し去られればその人の生きて経験した事実が消し去られる。
わたしたちは終戦において平和憲法をわたしたちの暮らしの指針として採択した。
それから、日本の新たな歩みが始まった。
祭りのように、一人ひとりが参加することで、記憶が共有され共同の記憶となり次に引き継がれていつまでも残る。
あったことはなかったことにできない。
しかしあったことすら記憶が残されないと、だれもその人との記憶を引き継げない。
大切なことは、個人の記憶が他者によって記憶されること。
複数の他者の記憶の中に記憶が生き延びる。
時を越えて生き延びるものがあるとすれば、あたらしく生まれてきたものに引き継がれて行かれなければ生き残らない。
時の政権のいんぺいとは、日本の国から引き継ぐものを消し去る、悪の極み。
個人の尊重とは個人の一生において経験するものの尊重だ。
個人は消し去られてはいけない。他者の記憶に継承されて残るための命の源だから。
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