2009年10月4日日曜日

コンヤ メヴラーナ博物館





















中央アジアに住んでいたトルコ民族系のセルジュク一族は遊牧生活の末、
1071年ビザンチン帝国の地コンヤを首都として定住した。
これよりはるかローマ帝国統治時代52年に、すぐ南の地タルソス生まれの男
(パウロ)もこの地にイエスを述べ伝えてやって来た。
パウロたちの伝えはキリスト教となり、ローマ人、ゲルマン人を経由セルジューク人とここトルコで出会う。
西洋の歴史は出会いを十字軍として記録している。





トルコのむらの人々とそのモスク















朝5時前、祈りを呼び掛ける男の声が響きわたる。

盆踊りのリズムに似ているような気がした

世界遺産カッバドキア














提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Cappadocia (「美しい馬の地」を意味するペルシア語:Katpatukに由来、小アジア(現代のトルコ)の広大な内陸地域を指した。
ヘロドトスの時代には、「カッパドキア人」がタウルス山脈から「ユークシン(Euxine、すなわち黒海)」までのすべての地域を支配した。
カッパドキアという呼称の最初の記録は、紀元前6世紀後半に遡る。そこでは、2人のアケメネス朝初期の王ダレイオス1世クセルクセスについて3言語で書かれた碑文*に、ペルシア帝国を構成する一地方(古代ペルシア語でdahyu-「州」)として現れている。

カッパドキアはいくつかの地下都市を有しており、主として初期キリスト教徒によって、隠れ場所として使用された。4世紀のカッパドキアの神父たちは、初期キリスト教哲学の多くに対して不可欠な存在であった。
*
*碑文はペルシア語エラム語バビロニア語によって書かれている。
バビロニア語もアッシリア語も時代が下るにつれアラム語の影響を大きく受け、最終的にはアラム語に圧倒されて使用されなくなった。
*


キリスト教聖書の、主の祈り (Lord's Prayer) はイエスがアラム語で祈られた。

トルコ旅行





「 アジアから来て、アナトリア、ヨーロッパ、アフリカを征服し、神に捧げる 」




ウズベキスタンタシケント国際空港のみやげものの売店にあった人形
ソグド人、ロシア系、ペルシャ系、チュルク系と多種多様な民族構成は
トルコの人々と同じ、。









9月23から30日までトルコ旅行







2009年9月19日土曜日

和泉葛城山へダニエルと




自宅を10時出発

葛城山頂2時


茶店の老人は、悠子のことを

永い目でみるようにと言ってくれた。

優しい人々達が集う 。

お気に入りの場所。

2009年9月5日土曜日

満月の夜




お月さまの美しい9月がはじまりました。



ローマ人によって灰燼となった神殿を
後にしてユダヤの人々はヘレニズムの地(現在のトルコ)に
避難したのだろう。

イエスとともにいた人たちマリヤ、マクダナのマリヤ、アリマタヤのヨセフ、
その他大勢の 男
女たちはどこへ行たのだろう。




景教として、唐にきた記録が

大秦景教流行中国碑 にある。

(大秦景教流行中国碑拓本)


建中2年(781年)篤信の居士イズドブジドの出資によって
大秦景教流行中国碑が建てられました。

中国のシリアキリスト教






2008年モンゴルで撮影
チベットモンゴル文化が現れている

2009年9月2日水曜日

カラコルムへやってきた人々











彼はフランス人、
定年退職を機会に、
モンゴルまで奥さんとシルクロードをとおって
やって来た。
(2008年モンゴルカラコロムにて撮影)
シベリア経由、新潟、京都、東京、アメリカ横断、
中南米、アフリカ、サハラ砂漠をぬけて、
フランスヘ帰るとのこと。

http://www.passagers-du-monde.net/
写真の車に写っているアドレス


2009年8月末
日本は45回衆議院選挙が行われ、政権が交代した。

鳩山由紀夫民主党首がEU連合のようにアジア連合を夢みている。

古代ヘレニズムや
モンゴル帝国(パックスモンゴリア)
のように多種な民族に
渇望される夢(パックス・ジャポニカ)であることを望む。

グュク・ハンのペルシャ語の勅書(バチカン図書館に現在も保管)


ローマ教皇インケンティウス4世の命をうけ、プラノ=カルピニが1246年8月24日
モンゴル帝国のハーンとなるグユクの即位式のクリルタイに列席した。

滞在時当地のキリスト教徒に援助され
持ち帰ったハンからローマ教皇への勅書が   
(※上記バチカン資料参照 クリックすると大きくなります。)
西洋人が紙を手にした 、≪紙≫との始めての
出会いと言われています。









2008年モンゴルカラコルムチンギスハンのふるさとにて撮影