2021年6月28日月曜日

久しぶりのたこ焼きパーティ

彼らの鋳た像はすべて、風のようにうつろだ
コロナ禍のなかの集団感染を救済する助言を。
東京オリンピック開催前にさあ来たれ論じ合おう。

午前11時、ユウアイパルの銭湯に行き、雅子はホックで天かすを買う。


お昼ご飯の最中悠子から電話が入る。

 職域でコロナワクチンを7月5日に接種するとのこと、

真悟さんの建設業協会では接種の話しは無いらしい。


家族の間で分断が現れている。花帆ちゃんはワクチン接種は出来ない模様。

現在は困難な時代、同じように。バビロンに曳いてゆかれたイザヤも当時のことを詳しく書いている。


神さま自ら荒れ野に川を流されて干からびた不毛の地を豊かにされるように干からびたユダヤの民の解放を実現する御業の証言(旧約聖書)。


そこには大きな転換がある、神の民について。認識を新たにする転換がイザヤ書に書かれている。救い(解放)に地球規模の御心に適うものを招集する創造主の御業が始まった。誰もがそれに自発的に参加することに主の御目が注がれた、創造主である神の御心を預言者たちは聖霊によって知った。


神の国の成就への御業、ヤコブだけでなく全ての神を信じる人に等しく御力を注がれる「わたしの目にはあなたは高価で尊い」

島々よ、わたしのもとに来て静まれ。
国々の民よ、力を新たにせよ。
進み出て語れ。
互いに近づいて裁きを行おう。


東からふさわしい人を奮い立たせ、足もとに招き  
キュロス王の円筒印章にある主の御業
国々を彼に渡して、王たちを従わせたのは誰か。
この人の剣は彼らを塵のように
弓は彼らをわらのように散らす。



この事を起こし、成し遂げたのは誰か。

それは、主なるわたし。
初めから代々の人を呼び出すもの
初めであり、後の代と共にいるもの。





訴え出て、争うがよい、と主は言われる。

お前たちの論拠を示せ、とヤコブの王は言われる。



起こるべきことをわたしたちに示し、告げてみよ。

初めにあったことを告げてみよ。
我々はそれを心に留めよう。
あるいは、来るべきことを聞かせてみよ。
未来のことを悟るとしよう。



将来にかかわるしるしは何か、告げてみよ。

お前たちが神であることを悟るとしよう。
良くも悪くも行ってみよ
我々は共に見せてもらおう。




彼らに問いかけても、ひと言も返さない。
見よ、彼らはすべて無に等しく、業もむなしい。
彼らの鋳た像はすべて、風のようにうつろだ


2021年6月27日日曜日

暮らしに音楽がないことに気付く



わたしの生活から欠乏しているのは音楽演奏会。

七年前にはわたしたちは主の日にはオルガン演奏が前奏曲で弾かれた。昨日コイノニア会がありインターネットでルカ五章を語り合った。讃美歌もそれそれマイクをオフにしてオルガン演奏を聞きながら合唱した。それでもなにかが欠けている。マイムマイムマイムのような踊りながら互いの顔に現れる喜びを見る臨場感が無い。




今日は久しぶりにショパンを一日中聴いていた。悠子のピアノも留津さんの音楽会もなくなり、幸本さんの薔薇園の音楽会もロイヤルリゾートの新倉さんのコンサート会も延期になったまま。


独りで音楽に親しむことは出来ても、親しい人々と音楽の集いがない。

聖書にあるように詩と賛美と霊の歌をもって互いに語り主に向かって心から歌い、また賛美する共同の日常がないことに気付く。



2021年6月21日月曜日

人間の共通基盤

 私たちの働きは,「大海の一滴」に過ぎないかもしれませ ん,しかし「この一滴」がなければ「大海」はないのです。マザーテレサ 

わたしの目にはあなたは高価で尊い。人間の共通基盤を支える一人ひとりが自由な公開の場十字架のもと神の国を形成しています。(ニコデモ=民衆の勝利民主主義の基)。



「わたしの兄弟で あるこの最も小さい者の一人にしたのは,わたしにしてくれたことなのであ る。」(マタイ 25:40)



私たちは,弱い人を援助しようとします。しかし, しばらくすると,その人たちが,私たちを助けてくれていると気づきはじめるのです。 


「み言葉は肉となった」。これは私たちの内の最も尊いものを,私たちに示すた めでした。つまり私たちの傷つきやすい心,愛されたい渇き,愛する力,慈しみ 深いこと,命を与えることを,最も素晴らしいことだと示すためでした。


「わたしの恵みはあなたに十分 である。力は弱さの中でこそ十分に発揮される」(Ⅱコリント 12:9)


キリストは,弱さを負う人間の兄弟として,友としていつも共にいてくださるインマヌエルである。



人が人間の弱さについて正直になり,各自に与えられた賜物に応じて 互いに助け合うためです,そのようにして共に座す=生きる、ためです。(ガラテヤ人への手紙 6:3~5,エペソ人への手紙4:4~16)



キリスト教福祉論の基盤 ―― 福音の神学の視点から ―― 今 関 公 雄より抜粋。




神はそのひとりごを賜うほどに世を愛された。御子を信じる者が一人も滅ぶことなく永遠の命を持つためである。人間の共通基盤は現在社会をともに生き延びる喜びにあります。
キリストの人知をはるかに越えた愛を知御霊が破滅ではなく人間の共同体の永らえる共通の基盤として敗戦のなかから罪の悔い改めた日本の人々の自由と平和と命の尊さへの願いと、アイキャンの願いすなわち国連において問題提起された、人類は偶像礼拝をやめるのかすなわち核信仰から神の平和に信託する人間へと変容するのか、その共通基盤に自由の御霊がご自身の栄光のためにキリストの愛の勝利である御国の到来に人々を導いてくださいますように。





2021年6月20日日曜日

 見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び。

 


見よ兄弟が共に座っている。なんという恵み、何という喜び、主はそこに永遠の命の祝福を命じられた。



荒野のイエスさまの給食もみ言葉の前に人々がともに座ることから始まります。

見よ兄弟が共に座ることによって永遠の命の祝福の喜びが溢れてきます。













先週は烏賊焼きさんがあがってこなかったのでホックへ買い出しノルウェー産のサーモンとバイガイを戴きました。そして今日約束通り本マグロのお刺身をお昼ご飯に戴いています。






悠子から連絡がありましたマグロが届きました。主の喜びに溢れました。




2021年6月16日水曜日

善き隣人から下関の河豚を頂戴する

 






悠子は花帆ちゃんを保育園に送迎。

わたしたちは善き隣人から贈られた河豚を戴く。

















日本酒で楽しんでくださいとのコメントがあったが
雅子は日本酒が飲めないのでESTⅠESTⅡESTⅢ 
di Montefiascone  Uescouoイタリアの白ワインでいただいた。
わたしはデザートを山崎ウイスキーで。


夫婦そろって始めから最後まで美味しく下関の河豚を戴きました。